かつて、八重山で人口の1/3が亡くなるという衝撃的なことがありました。
1771年、日本が江戸時代のことです。


大地震があって、そのあと3回も大津波が押し寄せてきました。
津波の後は、疫病が蔓延したこともあって、人口は減り続け・・・
被害の少なかった西表島や、波照間、小浜島から石垣島へ百姓を移住させて
新たな村作りを進めました。

そこで、王府が考えた次なる政策は、
「男は45歳、女は40歳以下18歳までの未婚者リストを作成して婚姻する期限をつけた証文を提出させるように」
と強制的に結婚させてたようなんですね。
結婚しなかった場合、本人や親族が罰せられました。
それは、身分によって、日ざらしの刑や、罰金、お寺での幽閉、離島へ追放、ムチで叩かれたりと、いろいろあったようです。

え、ちょっとやりすぎのような。
これって今やると大問題。
基本的人権の尊重とかって、
そういう時代じゃないか・・・
ふー 今の時代でよかった。

【乾隆(けんりゅう)36年の大津波】
  当時琉球は、中国の年号を使用していました。

画像と本文と関係ありません

4+

コメント

コメントを残す